空気のにおい

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HSPとは?何?なんだそれ?アスペルガーとの表裏

あの…いきなり申し訳ないのだが結論から言うと私はHSPではない。
アスペルガー症候群HSPは同期しないからだ。

↓参考にて…

生まれつき敏感な子ども「HSP」とは? 繊細で疲れやすく創造性豊かな人たち | いつも空が見えるから


例えるならなんだろうか。
収斂進化というものがあるが、これは生物学的分類では元々全く違うものが、
見た目上で同じ役割を果たしている器官や形態なんかを言う。
わかりやすいのはモグラとオケラの土を掘るために特化した足だろうか。
独自解釈にすぎないが、「昆虫と哺乳類ぐらい違う」ものだということを上記の記事では言いたいのではと思う。

アスペルガーHSPもなんだかやけに過敏で人とやっていきづらいところまではよく似ている。

http://hspjk.life.coocan.jp/selftest-hsp.html

こちらのサイトで計測可能だ。手動だけど。
14点以上でHSPの可能性があるという。
私も計測してみようか…どれどれ
…24点。
これ、当てはまらない人いるの?ってぐらい私にはよくあることばかりで少しばかり驚いた。


だが、もう一度言うと、アスペルガー症候群HSPは、対極の関係だと言われている。

アスペルガー者にとっては自分以外は物体で、モブであり、そのへんの石ころのオブジェクトと何ら変わらない。
だからうるさい同級生につらくあたる、はっきり言い過ぎて相手を傷つけるが本人は全く自覚がない等の問題が頻発する。
若しくはそこからの自他の認識の変化に乏しいために、愛着形成が難しいというところが多分にあると思う。
理を詰めることで相手に自分の罪を理解させ、反省させるところまでが私の怒りの大方の流れなのだ。
それでも時々激高するけれどもあれはパニックに近いものがある。これを健常者に伝えるのは難しいが、例えようと精一杯の努力をすると、
あの時には重力が突然向かって左向きに変わって、体が横滑りしていくかのような衝撃と不安と、精神的負担に苛まれているのだ。

それに対してHSP者は他人の認識自体には問題が少ないように思える。
自身が感じすぎて、うるさい環境や相手と関わるのがしんどい、怖いと思うことがあっても、
その後に相手に暴力的になるということが少ないのではと思う。たとえ耐えきれなくなりそうなってしまっても必ず自覚し後悔することが出来る。
それは相手の痛みや気持ちを理解する能力に長けているからだ。

ただここで一つ問題がある。HSPというものは精神医学的に承認されている病、障害ではなく、ある心理学者たちと一部の精神科医が勝手に申し立てているものに過ぎないということだ。

HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)に医学的根拠はない〜遺伝的に特別敏感な人々 - にごらない

この記事の考察は非常にに秀逸です。私のこんなダラダラした駄文を見ている場合ではありません。必見です。

そしていろんな過程を経て、この概念自体相当アヤシイと感じた。
単純な論理に基づいて行動するアスペルガー者をわざわざ違うと心理学者が定義付けして、
その他の発達障害者同士で馴れ合っている概念、集団というのは傍から見ていて違和感を感じざるを得ない。
つまり…


※ここから本筋であり、それ故かなり言葉が悪くなりますので、
敏感さに自覚のある方は読まないで下さい。文句も言わないで下さい。それらは私には無意味です。

さて、アスペルガー症候群の者たちはしばしば他人から貰ったり自分で作り上げた論理やルールに引っ張られやすいと言われる。
こんな経験はないだろうか。
学校では授業中に騒いではいけないというルールを覚えた後、騒ぐ生徒を見たアスペルガーの生徒。
…その生徒が教師に叱られるのを黙って待っていればいいのに、
そのアスペルガーの生徒は「ルールに反している」という旨のことを相手に厳しい口調で言ってしまう。
そして、相手の生徒と大喧嘩になり収集がつかなくなり、その後それを見ていたものからすら距離を置かれる。
「授業中は静かにといっているのに守らないやつがいるから叱った」という一つの目線でしかものを見れないアスペルガー者にはよくあるエピソードである。

そしてアスペルガー者は騙されやすいとよく言われるが、極端という方が近い。
自分の経験、学習してきたものに対しては忠実で、
それから逸脱するものを全く信用しないし、矛盾や欺瞞に関しても強い不快感を覚える。
逆に自身の触れたことのない分野のものを他人に言われると違和感なく信じてしまい、コロッと騙される側面もある。
そんな診断済のアスペルガー者の私は「アスペルガーHSPは対極で、相反するもの」という一文を見て、このHSPという概念の目的を考え始めたのである。

HSPに関する書籍はいくつかあるようだし、インターネットで検索すると山ほど出て来る。
大抵、殆どのHSPを話題にしたサイトには、
「貴方はHSPという特別な素質をお持ちです。優しくて、良心的て、そして敏感で、感受性が高すぎてお疲れでしょう。でも貴方は一人じゃない。貴方は特別で素晴らしい。仲間はここにいますよ(この辺でスピリチュアルサイトへのリンクが貼られ始める)是非カウンセリングを受けて自分にもっと優しくしてあげましょう。」
ほぼこんなことが書いてある。

所謂霊感商法という、頭の弱い人から金を巻き上げるためのものがある。
論理的思考能力に欠ける者には詐欺というギフトが必ず用意されているものなのだ。

私は月刊ムーを読むのも年末の特番を見るのも大好きだし、何より日本人口の1パーセントにすぎないと言われるクリスチャンだし、
そんな私がこんな身も蓋もないことをいうのは大変心苦しいのだが、
「耳あたりの良い言葉や表面上思いやりのある言葉には、大抵虚しい未来が裏に隠されている」
という考え方の私には、どうもこのHSPというものを受け入れることができない。

誰しも自らの感受性に悩むもので、誰しも人間関係でもめる。
そして誰しも一人で考え込みたくなる時はあるし、大体、感受性が強いからなんなんだという話にもなってしまう。

アスペルガー者の中にはこういう案件に関して非常に冷え切った感情を持つものがいる。そして矛盾に対しても激しく言及する。
だから「アスペルガーHSPは対極だから、併せ持つことがない」という言葉の裏には、
アスペルガーって面倒な奴らだし強情だから商売相手にならん」という意図が隠されていると私は思わなくもないのである。
まあ、偏見と言えばそうなのだが、一方で、精神でもそうでなくても、
医学的に認められてない概念や治療法を医者を通さずに丸腰で突っ込んでいく危険性は皆様御存知の通りであろう。
「肉を食べなくなったらガンが治った!」のような民間療法の有象無象がそれを教えてくれる。



そして、「私は感受性が強いから特別なんですぅ~優しくして~」と自称HSP者から言われた時の周りの冷え切った空気を、自称HSP者が感じ取っている例を見たことがない。
空気を知らないことでお馴染みのアスペルガーの私ですら「あぁ!ヤバい!一刻も早くここから逃げ帰りたい!」と思うほどの大惨事なのに。